天明の飢饉を、浅間山の噴火や一人の名君だけで説明することはできない。1783年前後の東北を中心に、八戸に残る供養、1784年の三戸の作付け命令、米沢の備蓄と救済の評価をたどる。さらに「備荒草木図」「かてもの」「救荒便覧」の成立と刊行を区別し、危機をしのぐ知識が後の時代へ伝わる過程を考える。
SHIGEKI FILMLONG
観る史劇
【天明の飢饉】東北は、次の収穫までをどう生きたのか|食料と備えの記録
天明の飢饉を、浅間山の噴火や一人の名君だけで説明することはできない。1783年前後の東北を中心に、八戸に残る供養、1784年の三戸の作付け命令、米沢の備蓄と救済の評価をたどる。さらに「備荒草木図」「かてもの」「救荒便覧」の成立と刊行を区別し、危機をしのぐ知識が後の時代へ伝わる過程を考える。

